「ほなチーフY、明日までに原稿8ページ頼むで」と言われた言葉が頭の中でゴワンゴワンと反響していた。あぁこれはどうあがいても間に合わないかもしれないな、と思った矢先、「商品が確定しました」という大きな文字が目に飛び込んだ。ヘリノックス・チェアツー。キャンプで使う折りたたみの椅子を買っていた。
このままどこかに行ってしまいたい、と強く思ったら、心が「このままどこかに行ってもいいんじゃないの?」と聞いてきた。
そうか、行こうと思えばどこにでもいけるし、パソコン一つで仕事もできる。
今風に言えば逃げるは恥だが役に立つ、ポストモダン的に言えば浅田彰の「逃走論」なんてあったっけ。ともあれ人が何かを難しく伝えようとしている時はやましいことがある時だ。
堂々と自分を正当化して自然に身をゆだねてみようか。好都合なことに椅子一つで旅に出ることを「チェアリング」というらしい。
かっこいいじゃないか、チェアリング。現実逃避しているんじゃないのよ、私はチェアリングをしてるのよ。
まずはチェアリングから。その次はテント、タープも必要だな。泊まるなら焚き火台も必要か、と想像を膨らませなが原稿を書き進めていたら、あっという間に書き終わっていた。
翌日届いたヘリノックスを持って近郊の河原へ。初めての河原で右も左もわからないけど、組み上げたヘリノックスに腰を落とす。
素晴らしい包容感に驚いた。気がつけば頭上を旋回するとんび、川のせせらぎ、葉の一枚一枚まで鮮明に映える樹々。求めていた至福の瞬間が手に入った時、初めて社用携帯にOFF画面があることに気がついた。